こんにちは。美佐子(54歳・主婦)です。
今日は「アーティストの音楽」をお送りします。
今月は「山口百恵」さんをピックアップ!
山口さんは日本代表するアイドルで、1973年のデビューから1980年の引退まで、数々の功績を残しました。
今日はすべてではありませんが、山口さんの作品を紹介します。
- アーティスト: 山口百恵,みナみカズみ,奥山靉,漣健児,千家和也,音羽たかし,野口武義,都倉俊一,竜崎孝路
- 出版社/メーカー: Sony Music Direct
- 発売日: 2004/05/19
- メディア: CD
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まずは「としごろ」です。1973年にリリースをしたデビューシングルです。山口さんは横須賀市の公立中学(私立の品川中学校(現:品川女子学院中等部)に在籍をしていた説もある)在学中の1972年に「スター誕生!」に出場し、準優勝を果たしました。1973年に映画「としごろ」に出演し、主題歌として歌ったのは先ほど紹介したデビューシングルです。「大きなソニー、大きな新人」のキャッチコピーで、森 昌子さん、桜田淳子さんとともに「花の中三トリオ」と呼ばれていました。中学卒業後は日出女子学園高校(現:日出高校)に進学し、そのまま卒業しました。
次は「秋桜(コスモス)」です。1977年にリリースをしたさだまさしさん作詞・作曲のシングルです。この曲で第19回「日本レコード大賞」・歌唱賞を受賞し、「日本の歌百選」にも選ばれました。1974年に映画「伊豆の踊子」に出演し、演技としての評価を得ました。この映画で俳優の三浦友和さんと共演し、運命的な出会いを果たしました。その後映画やドラマをはじめ、グリコのCMでも三浦さんと共演し、2人は「ゴールデンコンビ」と呼ばれていました。
次は「プレイバックPart2」です。1978年にリリースをしたシングルで、作詞が阿木燿子さん、作曲が宇崎竜童さんの夫婦です。1976年にリリースをした「横須賀ストーリー」で宇崎さん夫妻の作品を歌うようになり、大ヒットとなりました。実は宇崎さん夫妻に楽曲提供をしたのは山口さん本人でした。1978年に「第29回NHK紅白歌合戦」で紅組のトリを務めました。19歳でトリを務めたのは史上初・史上最年少で、まだ誰も破られていません。
最後は「さよならの向う側」です。1980年にリリースをしたラストシングルです(正式には1994年に「惜春通り」をリリースしたのが最後のシングル)。1979年に大阪のリサイタルで三浦さんとの恋人宣言を突如発表し、三浦さんも記者会見で「結婚を前提に付き合っています」と語りました。1980年に三浦さんとの婚約発表と同時に、芸能界引退を発表。同年10月に日本武道館で開催されたファイナルコンサートで、ファンに対して「私のわがまま、許してくれてありがとう。幸せになります」とメッセージを言い残し、最後の歌唱曲となった「さよならの…」でこらえきれずに、涙の絶唱となり、終了後にファンに深々と一礼をして、マイクをステージの中央に置き、静かに舞台裏へと去りました。そのコンサート翌日には引退特集番組が組まれ、山口さんと親交が深い芸能人たちが最後の雄姿を見守っていました。結婚式は同年11月に都内の教会で、披露宴は東京プリンスホテルで開催され、招待された多くの芸能人の方たちが2人の結婚を祝福しました。
芸能界引退後は「横須賀 恵」名義で作詞家として作品を提供したり、キルト作家として活動していましたが、テレビなどの公には一切姿を現しませんでした。結婚後もマスコミに追っかけられたことがあり、家族のプライバシーを脅かされる事態に発展したこともありました。引退後に過去の音楽を収録したアルバムを多数リリースしています。子どもは2人おり、長男がアーティストの三浦祐太朗さん、次男が俳優の三浦貴大さんで、長男の祐太朗さんが2017年にリリースをしたアルバム「I'm HOME」で、収録曲全てにおいて、母親の百恵さんの楽曲をカバーしました。尚、山口さんの女優としての活動についてはいつか紹介する予定です。
次はどのアーティストの音楽を紹介するのでしょうか?次回もお楽しみに。
というわけで、美佐子でした。
また明日。
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